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fragment

断片と断片の連想ゲーム

人や内にある感情と離れるタイミングについて。

Path Psychology
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  1. 自分に何を提供してくれるかしか興味がない
  2. 一緒に居ても不幸だったり、消耗する感じがする
  3. あなたに関する質問をほとんどしない
  4. その人と一緒にいる時の自分が嫌い
  5. その人がいなかったらもっと楽になると思う

こんな人とはサヨナラしよう。見直した方がいい人間関係に表れる5つのサイン | ライフハッカー[日本版]
http://www.lifehacker.jp/2014/08/140821_negative_person.html

 ここの5つに全てが当てはまったとしても、これを超えるようなメリット、例えば内省の材料になるとか、そういうことがあるのなら、その人間関係を維持してもいいように思う。

ただ、基本的に自分が今まで相談を受けてきた人とか、愚痴とかの内容を省みると、見なおした方がいい人間関係にある人はその自覚がない。見なおしたほうがいいだろうか、と思う人はだいたい遅かれ早かれ何かアクションを起こしている。

そして問題なのは、こちらがその相手を切った方がいいとどれだけ理路整然と説明しても彼らは曖昧な態度を取ったりして、結局何にもつながらない、ということだ。馬を水辺に連れて行くことは出来ても、水を飲ませることは出来ないとはよく言ったものである。

 

これは感情に関しても同じことが言える。だいたい、私達は落ち込むとき、ショックなことがあったからではなく、落胆という感情に着目することで落ち込むことを選ぶ。落とし穴に自分から落ちに行くようなものだ。

そしてこのような落胆という感情はなぜあるかといえば、自己防衛のためにあるのだ。同じことをしそうになったら、感情が邪魔をして動けなくなる。そう言う意味ではトラウマやPTSDも含めて、全ては自己防衛のためにあるのだと僕は解釈している。

しかし問題は万物が物理に従うとされているように、全てのものは慣性を持つ。
人間だってそうだ、お布団に入ったらもう出たくないし、一度ソファーに座ったら立ち上がれなくなる。感情も同じように、ある程度その状態にいることに慣れてしまえば、他の状態に成るのがなんとなく手間に感じてしまい、長期的に見ればどう考えてもそんなのに、ごくごく短期的な損得勘定で損をし続ける方向を選んでしまうのだ。

では、それをどのように避ける事ができるのだろうか。自分も含め、今までの悩みを抱えていた人たちの傾向を参照してみると、彼らはなぜその行動を続けるのか?と質問した時に「でも…」とか、「だって」という趣旨の言葉で始まるような主張をする。

そうして、自分がそこにいつづける理由を合理化する。

「なぜ自分はこの行動をするのか」という質問をした時、このような主張が自分の中にあるのなら、それはおそらくその場所に留まるためだけに思考をしているサインだ。

 

今、自分の思考の辻褄を合わせるために動いているのか、それとも自分の本来の目的を達成するために動いているのか、または目的さえわからないでただ流されているのか、常に自覚的にいたいものだ。