読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

fragment

断片と断片の連想ゲーム

人の二面性とオンオフについての自分の印象について。

 

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/62/US_Nickel_2013_Obv.png/800px-US_Nickel_2013_Obv.png

 

「あの人は表裏が激しい・オンオフの差が激しい」というような表現がある。個人的にはあまり考えたことがなかったのだけれど、自分の中で明確に使い分けている事に気がついたので、メモがてら書いておきたいと思う。

 

/オンとオフについて

まず、人間が一冊の本だとする。オンオフというのはその本の中での別の章とか文脈、と言う感じで、ひとつなぎの印象なのだ。

 

たとえば、仕事なんかでのみ関わっている人は、仕事で使われるその人の部分しか見えない。つまり、特定のキーワードが埋まった段落や文しか注目していない。当人としては変わらないつもりでも、人間どうしても人を特定のフィルターで見てしまうものなので、「オンオフ」という考え方は当人の在り方云々というより、とある人が別の人間に対して勝手に貼るラベルのようなものなのだと思う。

 

/表裏とプラットフォーム

逆に、本の喩えを引き継いで、表裏を表現しようとすると、これは同じ筆者による別の作品、という感じ。つまり、オンとオフという基準は表裏という考え方の中に内包される形になる。例えるならこれは、リアルのその人とTwitterのその人、ブログのその人、などなど、それぞれのプラットフォームで発揮される自分の一部、と言う感じだ。

 

プラットホーム:

立つための台の意〕

駅で,乗降に便利なように,線路に沿って適当な高さに築いた構築物。ホーム。アプリケーション-ソフトを稼働させるための基本ソフト,またはハードウエア環境。 

 

そう言う意味では、前述の仕事の例というのも解釈によってはプラットフォームの一部なのだと思う。

 

/まとめ

要するに、仕事を自分の中にあるアプリケーションを起動するプラットフォームとして捉えるか、それとも自分の延長線上として捉えるかによって、裏表・オンとオフという基準は使い分けているように思う。

 

自分の場合、内面の構造はひとつなぎであることがおおいので、オンオフの概念が近いのだけれど、ある行為に関しては表裏になっているというように混線している用に思うので、ちゃきちゃきかたづけていきたいところである(`・ω・´)シャキーン