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fragment

断片と断片の連想ゲーム

自己言及と、自信のないことに自信のある人々について。

Stimulus Psychology Path
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"時間は待ってはくれない。握り締めても、開いたと同時に離れていく、たとえそれを閉じ込めたとしても、不安にかられ結果を確かめようとすれば、それは逃げていく。失敗の原因は常に疑う心だ"

 

翻訳記事:時間不足による負の循環から抜け出すために - fragment
http://catkid.hatenablog.com/entry/2014/08/08/103554

 

自己言及というものがある。
自信がない、時間がない、実力がない、才能がない、などなど、さまざま。

しかし、たとえば「自分には自信がない」って言うと、潜在的に自信がないからできなことを探してしまうので、自ら自信が欠けた自分像を過去の経験などから組み上げてしまう。この構造はいろいろなところで見かける。

そしてそのような人にどう反論したところで、「私はこうなんだ!」と言って譲らないことがある。まるで、その確信を守るかのように。

 

このような状態にある人は、言ってみれば「自信がないことに自信がある」。
つまり、自分の辻褄を合わせるためにその発言をしている。

 

上の3つの例(自信、実力、才能がない)に共通しているのは劣等感を抱えていること、もっといえば「私は欠けている、不完全な存在だ」という意識を持っている。そしてその認識をひっくり返せば、「完全な存在でなくてはいけない」という規範意識に囚われている。

このような見解を持つ人と話してみると、「この虚無感が満たされればこんどこそ自分は幸せになれる。だから何かや誰かが必要なんだ。手に入れなきゃいけない」という意識を持っているように思う。

そう言う意識を前提として、「私には自信がない」そして、「だから私にはこれができない」という主張に繋がる。

きっと、満たされないことにこそ、自分の存在意義があるんだろう。

 

以前指示した教授が言っていた、
「自分を変えるには2つのA、どちらかを変えることが必要となる。行動(Action)か、姿勢(Attitude)だ。どちらからアプローチしてもいいと思うが、個人的にはActionから変えるべきだ」と。

確かにどちらにしても結果は同じだけれど、姿勢を変えるとなると手間なのだ。
いうなれば、草の根っこに細工をしてその結果を成長の仕方に見るようなものだから。

だから、一番表層にあるものから処理していくのがいいと思う。
邪魔になる枝を成長の過程で切り落とすように。

 

自分はずーっと、根っこから変えようとして情報収集やら、人の意見を聞きまわっていたタイプなので、最近になって実感した。このように表層に出てくるものほど、潜在意識が出ているものだ。そしてそこで「なぜ自分がそれを発言したのか」考えるよりも、「何がその発言をさせたのか」考えてみるほうがいいように思う。


「締め切りが近いからジムに行く時間がない!」というのではなく、「私の健康は今優先すべきではない」と言えばいい。
Rather than coming up with excuses like, “I can’t fit in going to the gym with this big deadline coming up,” say, “My well-being isn’t a priority.”
Escaping the Time-Scarcity Trap - 99U
http://99u.com/articles/27117/escaping-the-time-scarcity-trap

 


この部分がとてもよい例だ。このようにほんのすこし言い換えるだけで、あっという間に自分の認識が露呈する。そこから行動を修正したり、認識を正すことが有効なのではないかと思う。