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fragment

断片と断片の連想ゲーム

さまざまな地雷と愛について。

 
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共働き普通のこの世の中で、女を一方的サンドバッグにして感情処理をさせる男は「ATMの出来損ない」でしかなく、需要が無い。

女に捨てられる男はネガティブな感情の処理が下手
http://anond.hatelabo.jp/20140731202905

 

恋愛ネタはいつの世ももてはやされる、様々な意味で。
「自分の彼女/彼氏が辛い」などというネタは星の数ほどあるんじゃないかな。

とはいえ、冒頭の記事のように吐き出す地雷もあれば、貯めこんで最後に爆発する地雷、コントロールフリークな地雷、などなど、この世界にはありとあらゆる地雷があるね。

個人的にはちゃんとお話できない相手を好きになるのはまだしも、そのような相手と付き合おうとは思えないのだけど、人間なんてそんなもんだろうね。
恋は盲目、といいますし。

 

きっと、会話が出来ない相手に尽くすことに焦がれる人は「この人には自分がついてないと」「きっと分かってくれるはず」「自分が変えてあげよう」という意識をもってそのような関係に至るのだろうと思うし、
貯めこんじゃうタイプの人の相手は「相手もこれを好きだろう」みたいな意識を押し付けてしまったり、もしくは自分の不信感を相手の存在や行動で拭い去ろうととしているんじゃないかな。

以前、友達が「信頼しあって求め過ぎない程度の関係が維持できないならただのお遊びだと思っている」というのを聞いてなるほど、と思ったのだけど、やっぱり恋愛関係だけでなく、さまざまな関係においても何かが固定のまま循環しない関係はいずれ破綻するんじゃないかな、と思う。それは食物連鎖にしろ、物理にしてもおなじだし。

……穿ち過ぎかなあ?
でも、結婚はさておき、長続きする関係っていうのはお互いにさまざまな役割を演じることができる関係だと思う。
親、子供、兄弟姉妹、友人、メンター、などなど。

とはいえ、たとえば愛の在り方が親が子供に抱くそれになってしまうカップルなんかは、セックスレスになってしまって、その結果として別れてしまうことは多いように思う。たまーによくそう言う相談をみかけるし。

その辺を踏まえると、やっぱり恋愛って盲目さを維持したままでバランス感覚は損なわずに上手く一緒に踊れるか、なんじゃないかなあ。

 

それにしても、愛ばっかり上手くいかないものの代名詞としてされがちだけど、人生に予想通りうまくいくことなんてどれくらいあるのかな?