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fragment

断片と断片の連想ゲーム

”大学生活終盤になって生きがいを見出せなくなった”と、混乱と、視野狭窄について。

Hatena hitori-goto Psychology Path

大学生活終盤になって生きがいを見出せなくなった
http://anond.hatelabo.jp/20140210140615

■大学生活終盤になって生きがいを見出せなくなった
卒論の提出もとっくに終わった。
あとは4月の就職を待つのみ。
最後に遊びまわりたいけど、金がない。
一人暮らしもはじめるし、初任給出るまで金ももらえないんだからセーブしとかないと。
でも今さらバイトしたところで、給料入るのは3月or4月だし。
社会人はじまんのにこれ以上バイトに精を出す意味も感じられない。
でもとくに趣味もない。
新しい趣味をはじめようにも初期費用がない。
最近生きる意味を見出せなくなってきて鬱っぽくなってきた。
頭痛がおさまらない。
昼寝ばっかりして生活リズムもくるってきて、鬱がとまらない。
誰か生産的な時間の使い方を教えて。

 

 

混乱という状態について考えた。
生きる中で、いわゆる「詰み」に陥ることというのは少ないが、
それは自分が新しい考え方をコンスタントに取り入れられる環境と姿勢があっての話である。


いわゆる孤立しがちで、人づき合いの得意でない人というのは、
一度とある絶望にハマると、それを払拭できずに、
絶望という思想を体現するために生き始める(アドラー心理学的な考え方だとは思うけれどね)

ただ、人付き合いが得意で、新しい考え方を取り入れる姿勢も環境もある人であっても、
詰みかけることがあると思う。そう言う意味で前述の仮説はいささか狭いように思う。

この人がどのような人となりなのかはしらないが、
とりあえず、自分の在り方とでも言おうか。
まず思うのは自分の状態を把握しているとはいえ、いささか視界が狭いのだ。
いわゆる視野狭窄である。

 

原因はともかく、視野狭窄のような、自分の状態が正しく認知できない状態に陥ると、
そして切れるカードがないような無力感を覚えると、人は「詰んだ」と絶望してしまうようだ。

 

しかし、彼らの論理と論拠を、正論をもって駆逐しても意味が無い。
一度そのような人と話してみればわかると思うが、
彼らは可能な限り自分の絶望がどれだけ深いものかを語るのに熱心だ。
要するに、彼らの大多数は解決策ではなく、あくまで共感を求めている。
また、彼らの欲求は自分が辛いということで満たされることが多いので、
数日くらい後にはケロッとした顔をしてずっこけそうになることもある。
そんなもんだろう。